【離放の章】第三話 祈りの石

山あいの道を下ると、川沿いの村に出た。

夕暮れが近い。

須田は水を汲んでいる女に声をかけた。

「旅の者ですが、この村で一晩泊めていただけますか」

女は須田を見て、少し驚いた顔をしたが、すぐに笑った。

「今夜は水神祭です。よければ寄っていきなさい」

そう言って、川の方を指さした。

(これも出会いか)

須田は軽く頭を下げた。

川岸には人が集まりはじめていた。

子どもから年寄りまで、皆、手に石を持っている。

須田は近くの男にたずねた。

「石を投げるのですか」

男はうなずいた。

「川が荒れぬようにな。昔からのならわしだ」

秋の川は静かに流れている。

だが、山の雨が続くと、この川はすぐに暴れるのだという。

人々は川岸に並び、石を一つ手に取る。

小さな声で、川に語りかけるように祈っていた。

そして、順に川へ向かって投げた。

ぽちゃん。
ぽちゃん。

石は水に沈み、波紋が広がる。

須田も足もとの石を拾った。

丸く、手になじむ石だった。

手の中で転がす。

昼に拾った石と同じように、形も重さも違う。

(これも出会いか)

須田は川面を見た。

人々は石を投げながら、小さく祈りの言葉を口にしている。
水の神を鎮めるためのものらしい。

須田は石を握り、静かに意念をこめた。

川へ向かって腕を振った。

石は弧を描き、暗くなりはじめた水面へ落ちた。

ぽちゃん。

波紋がひろがり、やがて消えた。

祭りのあと、男たちは火を囲んで座った。
酒がまわされる。

「旅人、あんたも一杯どうだ」

須田は盃を受け取った。

(これも出会いか)

火がぱちぱちと鳴る。

男たちは今年の雨のこと、川のこと、山のことを話していた。

須田は酒を口に運びながら、黙って聞いていた。

川の音が夜の中で静かに流れている。

やがて酒も尽き、人々はそれぞれの家へ帰っていった。

須田も横になった。

川へ投げた石を思い出す。
川の音が遠ざかり、意識が沈んでいく。

やがて、眠りに落ちた。

―― 続く ――

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