【異国歩行の章】第九話 境界の木

【異国歩行の章】
第九話 境界の木(完成版)

習慣になりつつある円環歩き。

いつしか、足の裏が熱を帯びるようになった。
掌もまた、じんわりと温かい。

下丹田が熱を含み、
その熱が背骨を静かに昇っていく。
やがて後頭へ届く。

当然ながら、忍び歩きも修練している。

忍び歩きは、心を水鏡へと沈めていく。
波紋を出さない。

その点では、フォックスウォークと共通している。

だがフォックスウォークは、
五感すべてを開き、環境と同調する歩き。

円環の歩きは、
環境のエネルギーそのものと巡る感覚。

三つは違う。
だが、どこかで重なる。

(重なったとき、何かが起きるのではないか)

そう思った瞬間だった。

環境が消えた。

エネルギーが消えた。

心が消えた。

――静止。

木の向こうの景色が止まる。

次の瞬間、逆回りし始めた。

時間が遅くなる。

空気が粘る。

視界がゆがむ。

それでも須田の足は回り続けている。

だが、回っている木が違う。

見覚えがある。

いや、知っている。

夢で見た木。

境界の里の木。

すずめ天狗たちが回り、
止まり木にしていたあの木だ。

まわり続けている。

そのとき。

体内の熱が一気に頭頂へ集まり――抜けた。

同時に、足裏が深く沈む。

上と下が一直線に貫かれる。

柱。

天と地が一本でつながる。

掌が自然に開く。

そこからも、何かが流れる。

木へ。

触れていない。

だが、確かにつながっている。

枝が震える。

葉が揺れる。

木が、内側から息をしたように感じた。

(天地人……)

理解ではない。

ただ、そう在る感覚。

そのとき。

木の上から声がした。

「うむ!」

三寸坊だった。

腕を組み、満足げに頷いている。

次の瞬間。

空間がほどける。

時間が戻る。

熱が散る。

足裏はただの土を踏んでいる。

いつもの野原。

いつもの木。

三寸坊の姿も、もうない。

須田は立ち止まった。

胸は静かだった。

波紋はない。

水鏡は、保たれている。

それから月日が流れた。

須田は今も、ときどき木の周りを回る。

だが――

あの体験は、二度と起きていない。

それでいい。

境界は、越えようとして越えるものではない。

歩きの中で、
ふと、通るものだ。

須田は今日も静かに一歩を置く。

足音は、ほとんど残らなかった。

――須田夢物語 異国歩行の章 完。