習慣になりつつある円環歩き。
いつしか、足の裏が熱を帯びるようになった。
掌もまた、じんわりと温かい。
下丹田が熱を含み、
その熱が背骨を静かに昇っていく。
やがて後頭へ届く。
当然ながら、忍び歩きも修練している。
忍び歩きは、心を水鏡へと沈めていく。
波紋を出さない。
その点では、フォックスウォークと共通している。
だがフォックスウォークは、
五感すべてを開き、環境と同調する歩き。
円環の歩きは、
環境のエネルギーそのものと巡る感覚。
三つは違う。
だが、どこかで重なる。
(重なったとき、何かが起きるのではないか)
そう思った瞬間だった。
環境が消えた。
エネルギーが消えた。
心が消えた。
――静止。
木の向こうの景色が止まる。
次の瞬間、逆回りし始めた。
時間が遅くなる。
空気が粘る。
視界がゆがむ。
それでも須田の足は回り続けている。
だが、回っている木が違う。
見覚えがある。
いや、知っている。
夢で見た木。
境界の里の木。
すずめ天狗たちが回り、
止まり木にしていたあの木だ。
まわり続けている。
そのとき。
体内の熱が一気に頭頂へ集まり――抜けた。
同時に、足裏が深く沈む。
上と下が一直線に貫かれる。
柱。
天と地が一本でつながる。
掌が自然に開く。
そこからも、何かが流れる。
木へ。
触れていない。
だが、確かにつながっている。
枝が震える。
葉が揺れる。
木が、内側から息をしたように感じた。
(天地人……)
理解ではない。
ただ、そう在る感覚。
そのとき。
木の上から声がした。
「うむ!」

三寸坊だった。
腕を組み、満足げに頷いている。
次の瞬間。
空間がほどける。
時間が戻る。
熱が散る。
足裏はただの土を踏んでいる。
いつもの野原。
いつもの木。
三寸坊の姿も、もうない。
須田は立ち止まった。
胸は静かだった。
波紋はない。
水鏡は、保たれている。
それから月日が流れた。
須田は今も、ときどき木の周りを回る。
だが――
あの体験は、二度と起きていない。
それでいい。
境界は、越えようとして越えるものではない。
歩きの中で、
ふと、通るものだ。
須田は今日も静かに一歩を置く。
足音は、ほとんど残らなかった。
――須田夢物語 異歩の章 完。
