戸隠へ向かう山道を、四人で歩いていた。
朝の空気は冷たく澄んでいる。
鳥の声と、足音だけが響く。
しばらく黙って歩いていたが、
須田は今朝の儀式のことが気になって仕方がなかった。
「……あれが、口寄せってやつなんですね」
権之助が笑った。
「まあな。沙耶が声を媒介して、
千波が気を読み、俺が場を守る。
三人でやっと一つの形になる」
千波が続けた。
「今朝は、とても澄んでいました。
水も、音も、気も……全部が素直で」
沙耶は竹筒を軽く叩いて言った。
「管狐も、ちゃんと出てきてくれましたしね。
須田さん、見えてましたよね?」
須田は少し驚いた。
「……気配だけじゃなく、形も、なんとなく」
千波が須田を横目で見た。
「やっぱり。普通は見えませんよ」
権之助がうなずいた。
「俺は見えんがな。気配だけわかる。
法螺貝を吹く者は、境界に呼ばれやすい。
呼ばれるだけではない。呼び返されることもある。
飯綱へ向かうのも、ただの偶然じゃないだろうな」
須田は前を歩く三人の腰元を見た。
「皆さん、竹筒をぶら下げてますね。
管狐はそこに住んでいるんですか?」
権之助が笑った。
「いや。あれは“道具”じゃ。
儀式をすると境界とつながる。
管狐は境界から顔を出すんじゃよ」
境界……てんぐ堂がある、あの場所か。
須田は心の中でつぶやいた。
千波が静かに言った。
「巫女は、管狐の力を借りて口寄せをします。
桶の水に映るものを伝える。
あるいは、管狐を通して死者と巫女をつなげる」
権之助が続けた。
「山伏は、管狐を使ってお祓いをする。
我らの里では、管狐を使う山伏を“イズナ使い”と呼ぶんじゃ」
沙耶が笑った。
「巫女は“歩き巫女”って呼ばれています。
山を歩き、村を歩き、人の声を聞く役目です」
そんな話をしながら歩いていると、
山の匂いが濃くなっていくのを須田は感じた。
それからも、須田はイズナ使いや歩き巫女の
話を聞きながら歩いた。
日が傾き始めたころ、
街道沿いに小さな宿屋が見えてきた。
「今日はここに泊まろう。
明日は少し山が険しくなる」
権之助の言葉に、三人はうなずいた。
宿屋の女将は気さくで、
四人を快く迎えてくれた。
夕餉を囲みながら、
沙耶がぽつりと言った。
「……明日、もう一度だけ口寄せを頼まれています。
前の村で、どうしてもって」
千波が鉾鈴を見つめたまま、小さく息をついた。
「気が……少し、揺れてきています。
嫌な揺れです」
権之助は酒を一口飲み、静かに言った。
「まあ、やるしかない。
明日だな」
須田は胸の奥に、
言葉にならないざわめきを感じていた。
こうして四人は、
山の夜気に包まれながら眠りについた。
