【絆響の章】 第五話 揺らぐ気配

朝起きると、
山伏と巫女が泊まった部屋で、すでに準備を始めていた。
三人とも、昨夜より少しだけ厳しい表情をしている。

部屋の中央には、水を張った桶。
その横に鉾鈴と、小さな弓と矢。
弦は細く、矢は短い。
儀式用のものだとすぐにわかった。

沙耶の腰には、
肩紐で吊るされた竹筒が揺れている。
普段はただの道具に見えたが、
今日はどこか“重み”があった。

須田は部屋の隅に立ち、そっと尋ねた。

「……見ていても、よいですか?」

権之助は手を止めずに言った。

「構わんよ。
 ただし、声は出すな。
 千波が“気”を読むからな」

千波は静かにうなずき、
沙耶はにこりと笑って「大丈夫ですよ」と目で合図した。

しばらくすると、庄屋の旦那が来た。
軽く事情を聞き、三人は儀式の配置につく。

沙耶は桶の正面に座り、合掌した。
深く息を吸い、ゆっくりと吐く。
その呼吸に合わせて、肩の力が抜けていく。

千波は鉾鈴を持ち、音を立てずに構える。
権之助は小さな弓を手に取り、弦に指をかけた。

沙耶の呼吸がさらに深くなる。
やがて、身体がゆっくりと揺れ始めた。
前後に、左右に、風に揺れる草のように。

その揺れに合わせるように、
沙耶の腰の竹筒が コ……ン と小さく鳴った。

須田は思わず目を向けた。

竹筒の口から、
白い影がすっと抜け出した。

煙のようで、風のようで、
しかし確かに“生き物の気配”がある。

影は音もなく床を滑り、
桶の周りを回り始めた。

水面が、影に呼応するように揺れる。

沙耶の揺れが、ふっと止まった。

その瞬間、
沙耶の口がゆっくりと開いた。

口寄せが始まった。

沙耶の声が静かに途切れ、
権之助が弓を弾いて儀式を閉じた。
千波の鉾鈴が、最後にひとつだけ澄んだ音を立てる。

庄屋の旦那はしばらく言葉が出なかったが、
やがて深く頭を下げた。

「……妻の声、確かに聞きました。
 本当に、ありがとうございました」

涙をぬぐいながら、
何度も礼を言って帰っていった。

片付けを終えると、権之助が言った。

「さて、俺たちは戸隠へ向かう。
 須田、お前さんもそっちだろう?」

須田はうなずいた。
こうして四人は、
山の気配が濃くなる戸隠方面へ歩き出した。