出島は、この国の端にありながら、
どこにも属していない場所だった。
瓦と木組みのあいだに異国の帆柱が立ち、
港には知らない言葉と、知らない歩きが流れている。
須田は、手紙の受け渡しを終え、
仕事のない時間を持て余していた。
港の外れの酒場で、
一杯の酒を手に取る。
情報は、こういう場所に沈んでいる。
酒場の扉が開き、四人組が入ってきた。
体格のいい男が先に立ち、
その後ろに僧衣の女、
薬袋を下げた女が続く。
最後に入った男を見て、
須田は、無意識に足元を見た。
(……今の、音がなかった)
四人は奥の卓につき、
異国の酒を注文する。
須田は杯を持ったまま、
さりげなく近づいた。
「相席、いいですか」
「どうぞ」
戦士の男が、陽気に笑った。
須田は腰を下ろし、
世間話から入る。
「船待ちですか」
「そうだ」
戦士の男が杯を持ち上げた。
「その前に、日ノ本で西方人の要人を護衛する仕事がある」
「それが終わったら、東方へ向かう」
「長い旅ですね」
「仕事続きさ」
「だが、腕の立つ連中と組める」
須田は軽くうなずいた。
「旅人です」
「仕事を受けて、各地を巡っています」
それだけ言うと、
四人は特に詮索しなかった。
異国では、
それで十分な自己紹介なのだろう。
話題は自然と、
東方の冒険の噂へ移っていく。
「山が多いと聞いた」
「森も深いらしい」
「道に迷いやすいとか」
「夜は獣も出る」
僧衣の女が言った。
「油断はできないわね」
須田は、知っている範囲で応じた。
「山は多いです」
「道があっても、踏み分け道のようなものがほとんどで」
「歩き慣れていないと、移動だけで消耗します」
そのときだった。
須田は、弓を背負った男の動きに、
再び違和感を覚えた。
椅子を引く。
杯を取る。
体重を移す。
どれも、音が残らない。
「……失礼ですが」
須田は、静かに切り出した。
「歩き方が、少し違いますね」
弓の男が視線を上げた。
一瞬の沈黙。
それから、口元だけで笑う。
「よく見ているな」
戦士の男が言った。
「西方の狩人だ」
「足音を消す歩きが身についている」
「フォックスウォーク」
弓の男が、そう付け足した。
「狐の歩き、ですか」
「そう呼ばれている」
「獲物に気づかれないための歩きだ」
「森や山では、生死を分ける」
須田の胸の奥で、
木のまわりを歩いた感覚と、
船上で円を踏んだ感覚が、静かにつながった。
「……教えてもらえますか」
四人が、須田を見る。
弓の男は首を振った。
「酒場じゃ無理だ」
「山でなければ意味がない」
須田は、すぐに言葉を継いだ。
「護衛の仕事、手伝えます」
「道案内もできます」
「日ノ本の山なら、多少は慣れています」
僧衣の女が、ゆっくりとうなずいた。
「確かに」
「この国の人が一人いるだけで、移動は安心ね」
戦士の男は少し考え、
杯を置いた。
「不慣れな土地だ」
「日ノ本の人間がいれば、心強い」
弓の男は須田を見て、言った。
「護衛のサポートをする」
「その代わり、歩きを教える」
「それでいいか」
須田は、静かに杯を上げた。
「お願いします」
杯が触れ合う音が、
酒場のざわめきに溶けていく。
出島の夜は、まだ深い。
狐の歩きは、
ここから、須田の旅に加わることになった。

