【離放の章】第十話 離す

水の道場にもどってきた。

新月で真っ暗だ。
頭目は闇を指さした。

「あれを打ってみろ」

(何も見えない)

指さした方を向き、石を手に持った。

(どう当てる)

焦りが生じる。

大きく息を吐き、
背筋を伸ばした。
そして、場の乱れを探る。
乱れの波長が静まった。

そして、境界の気配。
水鏡の池に立っている。

すーっと腕を上げ、握った石を離した。

どうして離したのか分からない。

石はそのまま水面に向かって落ちていく。
波紋はできず、溶けるように吸収され、
そのまま水面が光った。

「うむ!」

後ろで三寸坊の声。

同時に、パーンと音がした。
石が板に当たる音。
我に返った。

(礫を打ったのか)

手を開いた感覚しかなかった。

これが、放つのではなく離す感覚か。

頭目は言った。

「もう的を意識する事もないな」

そして、巻物を一巻渡された。

礫伝授。

(こ、これは!)

以前の鎖分銅の巻物は白かった。
あぶりだしかと思ったが、
やっぱり白。

須田は開いた。

 ねらう的
 悟りしときは
 的もなし

(・・・ありがたい歌なんだろうな)

須田は巻物を閉じた。

握るとは、縛ることか。
だが、離すとは、捨て去ることではないのだろう。

すべては在るのかもしれない。
ただ、揺れぬだけ――なのか。

まだ、よく分からない。

須田は手で石を握る形をつくった。
何もない。

それでも、指先にわずかな重みが残っている気がした。 

――須田夢物語 離放の章 完。

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