須田は、翌朝も公園を訪れた。
あの木のまわりを、もう一度歩いてみようと思ったのだ。
だが、そこに老人の姿はなかった。
一本の木は、昨日と同じように静かに立っている。
須田は周囲を見回したが、気配はない。
近くで掃除をしていた男に声をかけた。
「この公園で、木のまわりを歩いている老人を見ませんでしたか?」
男は首をかしげた。
「いやあ……毎朝ここには来るが、そんな人は見たことがないな」
少し考えてから、付け足すように言った。
「だがな、昔から噂はある」
「あの木のまわりを回ってるのを見た、って話は」
須田は思わず、身を乗り出した。
「ときどきな。ふらりと現れて、ふらりと消える」
「この公園は、仙人が出るって噂もある」
須田は礼を言い、その場を離れた。
(……やはり、ただの健康法じゃない)
須田がこの街に滞在していたのは、手紙の配達依頼があったからだ。
宛先は西方――海の向こうの異国。
まずは出島と呼ばれる港まで運び、
その先は船便に託す手はずになっていた。
宿に戻ると、
「手紙を取りに来てほしい」とのことづてが届いていた。
須田は手紙を受け取り、
東方街をあとにして、出島へと歩き出した。
一週間かけて山道を進み、海へ出る。
港から出島へ向かう船に乗った。
歩いても行ける距離だが、
一泊分の宿代と思えば、船旅も悪くない。
船は大型の廻船で、
甲板は広く、荷と人をゆったりと載せている。
沖へ出ると、船体は波に合わせて静かに揺れ始めた。
須田は甲板に立った。
特にすることもなく、
無意識のうちに、円を踏むように歩き始めていた。
板の感触。
船の揺れ。
それらを足裏で受け取りながら、
身体のバランスを取る。
船の揺れと歩みが噛み合うと、
不思議と足取りが軽くなった。
「……変わった歩きだな」
声をかけてきたのは、年配の船乗りだった。
「西の方でな」
「似たような歩きをする連中を見たことがある」
須田は動きを止めず、耳を傾けた。
「音を立てず、地面を踏まないように歩く」
「獲物に気づかれんための、狩人の歩きだそうだ」
「名前は、そうだな……フォックスウォーク、と言ってたか」
須田の胸の奥で、何かが静かに重なった。
東方の歩行。
そして、西方の歩行。
船は、波を割って進んでいく。
甲板の上で、須田は円を踏みながら思う。
東でも、西でも、
人は同じように歩こうとしている。
そして出島についた。
