【絆響の章】 第六話 山道の声

戸隠へ向かう山道を、四人で歩いていた。

朝の空気は冷たく澄んでいる。
鳥の声と、足音だけが響く。

しばらく黙って歩いていたが、
須田は今朝の儀式のことが気になって仕方がなかった。

「……あれが、口寄せってやつなんですね」

権之助が笑った。

「まあな。沙耶が声を媒介して、
 千波が気を読み、俺が場を守る。
 三人でやっと一つの形になる」

千波が続けた。

「今朝は、とても澄んでいました。
 水も、音も、気も……全部が素直で」

沙耶は竹筒を軽く叩いて言った。

「管狐も、ちゃんと出てきてくれましたしね。
 須田さん、見えてましたよね?」

須田は少し驚いた。

「……気配だけじゃなく、形も、なんとなく」

千波が須田を横目で見た。

「やっぱり。普通は見えませんよ」

権之助がうなずいた。

「俺は見えんがな。気配だけわかる。
 法螺貝を吹く者は、境界に呼ばれやすい。
 呼ばれるだけではない。呼び返されることもある。
 飯綱へ向かうのも、ただの偶然じゃないだろうな」

須田は前を歩く三人の腰元を見た。

「皆さん、竹筒をぶら下げてますね。
 管狐はそこに住んでいるんですか?」

権之助が笑った。

「いや。あれは“道具”じゃ。
 儀式をすると境界とつながる。
 管狐は境界から顔を出すんじゃよ」

境界……てんぐ堂がある、あの場所か。
須田は心の中でつぶやいた。

千波が静かに言った。

「巫女は、管狐の力を借りて口寄せをします。
 桶の水に映るものを伝える。
 あるいは、管狐を通して死者と巫女をつなげる」

権之助が続けた。

「山伏は、管狐を使ってお祓いをする。
 我らの里では、管狐を使う山伏を“イズナ使い”と呼ぶんじゃ」

沙耶が笑った。

「巫女は“歩き巫女”って呼ばれています。
 山を歩き、村を歩き、人の声を聞く役目です」

そんな話をしながら歩いていると、
山の匂いが濃くなっていくのを須田は感じた。

それからも、須田はイズナ使いや歩き巫女の
話を聞きながら歩いた。

日が傾き始めたころ、
街道沿いに小さな宿屋が見えてきた。

「今日はここに泊まろう。
 明日は少し山が険しくなる」

権之助の言葉に、三人はうなずいた。

宿屋の女将は気さくで、
四人を快く迎えてくれた。

夕餉を囲みながら、
沙耶がぽつりと言った。

「……明日、もう一度だけ口寄せを頼まれています。
 前の村で、どうしてもって」

千波が鉾鈴を見つめたまま、小さく息をついた。

「気が……少し、揺れてきています。
 嫌な揺れです」

権之助は酒を一口飲み、静かに言った。

「まあ、やるしかない。
 明日だな」

須田は胸の奥に、
言葉にならないざわめきを感じていた。

こうして四人は、
山の夜気に包まれながら眠りについた。