牌楼(ぱいろう)をくぐった先は、
夜の東方街――
の、はずだった。
だが、そこにあったのは街道ではなかった。
獣道のような、細い道。
人が通った形跡はあるが、
店も家も見当たらない。
少し進むと、
霧はいつのまにか薄れ、
池とも、川ともつかない水面が広がっていた。
その向こうには竹林。
季節ではないはずなのに、
桃の花が静かに咲いている。
(……東方街に、こんな場所があっただろうか)
さらに奥を見ると、
村のようなものがあった。
はっきりとは見えないが、
明かりだけが、点々と浮かんでいる。
そのときだった。
人影がひとつ、
水面へ向かって歩いていくのが見えた。
痩せた体躯。
白く長い衣のすそが、
風もないのに、わずかに揺れている。
須田は、思わず足を止めた。
歩き方が、どこかおかしい。
忍び足に似ている。
だが、もっと力が抜けていて、
足音を消そうとしている様子がない。
(音を消しているんじゃない……
最初から、音が出ない歩き方なのか?)
次の瞬間――
男は、水の上へ足を踏み出した。
沈まない。
須田は、思わず目を凝らした。
足の裏が水に沈む様子はない。
ただ、踏み出した場所に、
小さな波紋だけが広がっている。
(……乗っている? いや、違う)
どう説明していいのか分からない。
軽やかに歩み、
足を置いた水面に、かすかな波紋が残る。

男はそのまま、
何事もないように水面を渡りきり、
向こう岸の竹林へ入っていった。
次に見えたのは、
竹と竹のわずかな隙間を抜ける動きだった。
身体を伸ばし、
低く沈み、
上下動に加え、時に回り込みながら進んでいく。
かと思えば、急転換して方向をかえる。
速い。
だが、急いでいる感じがしない。
風が抜けるような動き。
(規則性がない、
なんて変幻自在なんだ……)
須田は、ただ驚くばかりだ。
(……なんだあの歩き方)
そう思った瞬間、
竹林の奥で、
男の気配が、ふっと消えた。
その瞬間――
視界が、ぐらりと揺れた。
音が戻る。
人の声。
金属の触れ合う音。
香辛料と油の匂い。
気づくと須田は、
東方街の繁華街に立っていた。
提灯が揺れ、
店先には人が集まり、
昼間と変わらぬ賑わいが広がっている。
さっきまでの霧も、
水面も、
竹林もない。
周囲の誰も、
そんなものがあったとは思っていない顔をしている。
(……見間違い、じゃないよな)
須田は、小さく息を吐いた。
懐に入れていた手紙を確かめる。
確かに、ここへ来る途中だった。
須田は、
何事もなかったかのように、
配達先へ向かって歩き出した。
