【絆響の章】 第七話 乱れの兆し

翌朝。

昨日と同じように、山伏たちが泊まった部屋で準備をしていた。
だが三人の表情は、明らかに硬い。

今日の依頼者は、前の村の商家の女主人だった。
夫に先立たれ、どうしても一言だけ聞きたいという。

部屋の中央には、水を張った桶。
鉾鈴、小さな弓と矢。
沙耶の腰の竹筒だけが、かすかに揺れている。

三人は儀式の配置についた。

沙耶は桶の正面に座り、合掌した。
深く息を吸い、ゆっくりと吐く。
だがその呼吸は、昨日より重く、揺れていた。

千波は鉾鈴を構えるが、眉間に皺が寄っている。
権之助は弓に指をかけ、静かに目を閉じた。

沙耶の身体が揺れ始めた。
前後に、左右に。
昨日よりも早く、不規則に。

その揺れに合わせるように、
沙耶の腰の竹筒が コ……ン と鈍く鳴った。

須田が目を向けると、
竹筒の口から白い影が抜け出した。

だが昨日と違う。
影はまっすぐ桶へ向かわず、
部屋の天井付近でぐるぐると回り始めた。

水面も、静かな波紋ではなく、
ざわつくように震えた。
水は鏡にならず、拒むように濁った。

千波が小さくつぶやいた。

「……気が、足りない……」

沙耶の揺れがふっと止まり、
口がゆっくりと開いた。

口寄せが始まった。

その瞬間、
白い影――管狐が、急に跳ねるように動いた。

桶の周りを回るのではなく、
沙耶の背後へ、千波の足元へ、
そして須田の方へと、落ち着きなく揺れながら近づいてくる。

千波が顔をしかめた。

「……まずい。巫女の“気”が少ないと、
 管狐は周りの人間から気を吸おうとする……」

須田は昨日、権之助から聞いた言葉を思い出した。

――それでも足りんと、竹筒から完全に出てくる。
  そうなると、現界で気を吸う“妖怪”になるんじゃ。

水面が荒れ、桶の縁まで波が立った。

管狐の影は、さらに須田の方へと伸びていく。

須田は桃源郷の円環の歩きで、
わずかながら気を蓄える感覚を身につけていた。

須田は掌を管狐に向け、
気を注ぐイメージをした。

白い影が、ふっと揺れた。

次の瞬間、管狐は桶の周りへ戻り、
ゆっくりと回り始めた。
どうやら落ち着いたようだ。

その後、口寄せは無事に終わり、
商家の女主人は深く礼をして帰っていった。

千波が「助かりました」と、
しきりに礼を言ってきた。

須田は笑って受け流したが、
胸の奥には、言葉にできない不安が残っていた。