ある夏の日のこと。
境界の山道で、すずめ天狗の三尺坊は
お腹をすかしてうずくまっていた。
そこへ通りかかったのは、
現世から隠世へ迷い込んだ、親切な夫婦。
「まあまあ、大丈夫かい?」
「なにもないけど……これ、おたべ」
夫婦は三尺坊の好物である米をそっと差し出した。
三尺坊は目を丸くして、
「ありがとうございます……!」と頭を下げた。
その優しさに胸がいっぱいになり、
夫婦の家でしばらく世話になることになった。
家は涼しい風が通り、
囲炉裏の火もやさしく揺れていた。
元気を取り戻した三尺坊は、
お礼にと、羽団扇を一つ作って渡した。
ぱた、と振ると――
ひんやり。
「まあ、なんて涼しいの!」
「これはすごいわ!」
夫婦は大喜び。
噂はすぐに広まり、近所の人たちも欲しがった。
「三尺坊さん、もう一つ作ってくれませんか」
「もちろん。ただし……」
三尺坊は言った。
「作っているところは、決して覗かないでくださいね」
三尺坊は部屋にこもり、
戸をぴたりと閉めた。
中からは、
ふわっ、ぱさっ、と羽の音。
夫婦は気になって仕方がない。
「ちょっとだけ……」
「少しだけなら……」
そっと戸を開けると――

三尺坊は、羽の手入れに夢中で、
ふわふわの羽を丁寧に整えているところだった。
抜け落ちた柔らかな羽を集めて、
一本一本、団扇に差し込んでいた。
「ひゃっ……!」
三尺坊は真っ赤になって固まった。
夫婦も固まった。
しん……と静まり返ったあと――
「み、見ないでって言ったのにぃぃぃ!!」
三尺坊は顔を真っ赤にして、
羽をばさばささせながら飛び出していった。
「恥ずかしい……恥ずかしい……!」
その声は、境界の山にこだました。
夫婦の家には、
三尺坊が作った涼しい羽団扇だけが残った。
夏の間じゅう、
その団扇はひんやりとした風を送り続けたという。
そして三尺坊はというと――
てんぐ堂の囲炉裏の前で、
羽を抱えて丸くなりながらつぶやいていた。
「もう……絶対に覗いちゃダメって言ったのに……」
すずめ天狗たちは、
「まあまあ」と笑いながら羽をぽふぽふ叩いて慰めた。
境界の里には今日も、
やさしい風がそっと吹いていた。
