【異歩の章】第七話 狐歩き

出島を出る前夜、須田は一人で港町を歩いた。

翌朝には、西方人の一行とともに山へ向かう。
護衛と道案内。
そして――フォックスウォークを教わる約束。

だが須田にとって、本当に大事なのは歩きそのものだった。

酒場を出たあと、
須田は土地の者に声をかけ、
山道の様子を聞いて回った。
須田は注意点を一つ一つ、頭の中に置いていく。

道は地図ではない。

翌朝。
港を離れ、石畳を抜け、やがて土の道へ。

西方の四人と、その要人――
商人ギルドから依頼を受けた中年の鑑定士が荷馬車に乗っている。
目的は鉱山での原石鑑定だ。

隊列は整っていた。

前に立つのは戦士(ファイター)、バルド・グレイン。
盾を背負い、常に前を見る。

その隣に僧侶(クレリック)、エルナ・ミル。
僧衣の裾を押さえながら、周囲に目を配る。

薬袋を提げた魔女(ウィッチ)、リース・ヘッジ。
歩きながらも草木を観察している。

そして最後尾に、狩人(レンジャー)、ロビル・フット。
弓を背に、森と同じ気配で歩く男。

須田は隊列の中ほどに位置を取った。

歩きながら、観察する。

音が薄れるとき、ロビルの歩幅は狭い。
足を高く上げない。
膝は柔らかく、重心が上下しない。

接地は爪先から入る。

(……外からだ)

爪先の小指側から親指側へと静かに地面に触れ、
最後に踵をそっと着く。

音を殺す順。

後ろ足を抜くときも、
泥からそっと引き上げるように動く。
地面を蹴らない。

忍び歩きと同じだ。
須田は自らの歩きを重ねる。

上下動を消す。

歩幅は広がらない。むしろ、意図的に狭い。
腕もあまり振らない。

昼前、ぬかるんだ道に入った。

須田は自然に忍びの歩きになっていた。
隣を歩いていたロビルが、ちらりと見る。

「ほう」

短い声。

「学びが早いな、須田」

ロビルは小さく笑った。

「森ではな、音だけじゃない。振動もだ」

「大きな歩幅は目立つ。
 重心が跳ねると、獣は逃げる」

須田は頷く。

昼過ぎ、無事に鉱山の入口へ到着した。

鑑定士は感心している。

「迷わなかったな」

バルドが笑う。

「この男の案内だからな」

ロビルは須田に向き直る。

「約束だ。待っている間、教えてやる」

二人は山の中へ少し入った。

ロビルが低く言う。

「森に入った瞬間、環境は壊れる」

「もとに戻るのに二十分ほどかかる。
 それまでは動くな」

二人は立ち止まる。

やがて鳥の声が戻る。
虫の羽音。
遠くで小動物が走る気配。

「まず鳥が気づく。
 それが伝播する」

「虫、両生類、爬虫類。
 小さな哺乳類から、大型の獣まで」

「水面に波紋が広がるのと同じだ」

須田は静かに呼吸を整える。

波紋が収まるのを待つ。

「波紋が消えたら動け。
 逆に、波紋を感じたら止まれ」

「なにかがある」

五感すべてを開く。

音。
匂い。
湿り気。
風の流れ。
土の温度。

「足音は消せない」

ロビルが言う。

「消すんじゃない。
 不自然にしない」

「獣の歩きと同じリズムなら、
 波紋は起きにくい」

須田は頷く。

帰路は順調だった。

夕暮れには出島へ戻る。

夜。

宿で目を閉じる。

夢を見る。

山道を、三寸坊が白狐にまたがって進む。
白狐の足取りは軽い。
音がない。
地に触れているのに、触れていないようだ。

三寸坊が振り返る。

「キ・ツ・ネ・あ・る・き」

目が覚める。

須田は、暗い天井を見つめながら、
小さく笑った。

―― 続く ――