【異国歩行の章】第五話 船上の円

須田は、翌朝も公園を訪れた。

あの木のまわりを、もう一度歩いてみようと思ったのだ。
だが、そこに老人の姿はなかった。

一本の木は、昨日と同じように静かに立っている。
須田は周囲を見回したが、気配はない。

近くで掃除をしていた男に声をかけた。

「この公園で、木のまわりを歩いている老人を見ませんでしたか?」

男は首をかしげた。

「いやあ……毎朝ここには来るが、そんな人は見たことがないな」

少し考えてから、付け足すように言った。

「だがな、昔から噂はある」
「あの木のまわりを回ってるのを見た、って話は」

須田は思わず、身を乗り出した。

「ときどきな。ふらりと現れて、ふらりと消える」
「この公園は、仙人が出るって噂もある」

須田は礼を言い、その場を離れた。

(……やはり、ただの健康法じゃない)

須田がこの街に滞在していたのは、手紙の配達依頼があったからだ。
宛先は西方――海の向こうの異国。
まずは出島と呼ばれる港まで運び、
その先は船便に託す手はずになっていた。

宿に戻ると、
「手紙を取りに来てほしい」とのことづてが届いていた。

須田は手紙を受け取り、
東方街をあとにして、出島へと歩き出した。

一週間かけて山道を進み、海へ出る。
港から出島へ向かう船に乗った。
歩いても行ける距離だが、
一泊分の宿代と思えば、船旅も悪くない。

船は大型の廻船で、
甲板は広く、荷と人をゆったりと載せている。
沖へ出ると、船体は波に合わせて静かに揺れ始めた。

須田は甲板に立った。

特にすることもなく、
無意識のうちに、円を踏むように歩き始めていた。

板の感触。
船の揺れ。
それらを足裏で受け取りながら、
身体のバランスを取る。

船の揺れと歩みが噛み合うと、
不思議と足取りが軽くなった。

「……変わった歩きだな」

声をかけてきたのは、年配の船乗りだった。

「西の方でな」
「似たような歩きをする連中を見たことがある」

須田は動きを止めず、耳を傾けた。

「音を立てず、地面を踏まないように歩く」
「獲物に気づかれんための、狩人の歩きだそうだ」
「名前は、そうだな……フォックスウォーク、と言ってたか」

須田の胸の奥で、何かが静かに重なった。

東方の歩行。
そして、西方の歩行。

船は、波を割って進んでいく。

甲板の上で、須田は円を踏みながら思う。

東でも、西でも、
人は同じように歩こうとしている。

そして出島についた。