【水鏡の章】第一話 波立つ心

須田は、武術と忍術を学ぶ、忍びを志す青年である。
身体の使い方や技を磨くために風の道場へ通い、
さらに“気配を読む修行”を深めるために水の道場にも足を運んでいた。

風の道場(武術)では身体操作と技術を鍛え、
水の道場(忍術)では心の静けさと周囲の気配を感じ取る感覚を養う。
つまり、風の道場=身体の修行、
水の道場=心と感覚の修行、と整理できる。

うまくいく時と、
どうしても気配が“出て”しまう時がある。
気配が出るとは、自分の存在が周囲に漏れてしまうことで、
忍びとしては致命的な弱点だった。

何かヒントがある気がして、
山道を歩いていた。

何度も通っているはずの道なのに、
その日は少し様子が違っていた。

背中の奥で、かすかな気配が揺れた。
人でも動物でもない、軽くて不思議な“揺れ”。
道場で聞いた通り、境界が揺らぐときにだけ感じるものだ。

振り向いても、誰もいない。
あるのは、風の音と、葉のこすれる音だけ。

「……今、誰かいた?」

そう思った瞬間、
足元の感覚がふっと軽くなった。

道の輪郭があいまいになり、
気づくと、知らない山道を歩いていた。
境界がずれると、こうして“道が変わる”ことがあるという。
これは、須田の内面や感覚の変化を象徴的に示す描写でもある。

あわてて引き返そうとするが、
どちらから来たのか分からない。

少し進むと、
開けた場所に小さな里のような景色が見えた。

見たことがあるような、
ないような、不思議な場所だった。
現実と夢の境界にある“里”――
そんな印象を受けた。

そこで、小さな影が動いた。

須田の気配の揺れに引き寄せられたのか、
境界の向こうから何かが近づいてくる気配があった。

子どもの背丈ほどの小さな天狗――
しかし動きはすずめのように軽く、ちょこちょこと跳ねる。
その姿を見た瞬間、須田の頭に
「すずめ天狗の三寸坊」という名前がふっと浮かんだ。

なぜ知っているのか、自分でも分からない。
聞いた覚えも、教わった覚えもないのに、
その名だけがはっきりと心に残った。

すずめ天狗の三寸坊だった。

三寸坊は、須田の気づきを映す象徴的存在であり、
見習いの天狗としてまだ力も弱く、気配も不安定だと言われている。
落ち着きなく、ちょこちょこと動き回り、
羽織のすそを踏みそうになっては、あわてて体勢を立て直している。

目が合った。

三寸坊は、びくっと体を震わせ、
次の瞬間、くるりと向きを変えて走り出した。

「待って!」

思わず声をかけて追いかける。

走り方も、飛び方も、どこかぎこちないのに、
なぜか距離が縮まらない。

木の間を抜けたと思ったら、
もう姿が見えなくなっていた。

——あれ、前にも会ったことがある気がする。
天狗との出会いは、時に記憶が曖昧になると
道場の師匠が言っていた。

そう思った瞬間、
強い風が吹き抜けた。

思わず目を閉じる。

羽音のようなものが、
一瞬だけ聞こえた気がした。

目を開けると、
須田は山のふもとに立っていた。

見慣れた道。
いつもの景色。

さっきの出来事が、
夢だったのかどうかも分からない。

考えても答えは出ない。

須田は小さく息を吐き、
水の道場へ向かって、また歩きはじめた。

―― 続く ――

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