【絆響の章】 第九話 風の向こう

お堂には床がなかった。
土の上に薄い敷物があるだけで、
須田は壁に寄りかかるようにして眠ることにした。

外は静かで、風の音だけが聞こえる。
山の夜気は冷たく、どこか懐かしい匂いがした。

どれほど眠ったのか分からない。

ふいに、風の音が変わった。

ヒュウ……ヒュウ……

山の風ではない。
もっと高く、細く、どこかで聞いたことのある音。

須田は目を開けた。

そこは、もうお堂ではなかった。

土の床も、木の壁も消えている。
代わりに、淡い光が差し込む窓。
囲炉裏の前に座っていた。

――てんぐ堂だ。

すずめ天狗の気配はない。
須田は静かに外へ出てみた。

水鏡の池は穏やかで、波ひとつない。
鏡のように景色を映し、空気まで澄んでいるようだった。

腰を確かめると、鎖分銅が下がっている。

自然に、池のほとりで霞を打ち始めた。

十回、五十回、九十回、九十九回。

大きく深呼吸をして合掌し、
心を静める。

池の水面のように、心が乱れなく澄んだ瞬間――

すっと、手、足が前に出た。

鎖が伸びきる。

その瞬間、須田は左手を軽く締めた。

ガチっ――!

鋭い音とともに、腕が強く引かれた。
その衝撃は、まっすぐ下丹田まで伝わった。

まるで、鎖そのものが下丹田につながり、
振動が腹の底へ響き渡るようだった。

次の瞬間。

下丹田ごと引っこ抜かれるような感覚が走った。

須田の目に映ったものは。

伸びきった鎖の先――
分銅を、三寸坊が掴んでいた。

「……!」

須田は体勢を崩し、そのまま池へ落ちた。

冷たい水が全身を包む。

水面から顔を出そうとした瞬間――

須田は、もとのお堂で、土の上でもがいていた。