【異国歩行の章】第六話 狐の歩き

出島は、この国の端にありながら、
どこにも属していない場所だった。

瓦と木組みのあいだに異国の帆柱が立ち、
港には知らない言葉と、知らない歩きが流れている。

須田は、手紙の受け渡しを終え、
仕事のない時間を持て余していた。

港の外れの酒場で、
一杯の酒を手に取る。

情報は、こういう場所に沈んでいる。

酒場の扉が開き、四人組が入ってきた。

体格のいい男が先に立ち、
その後ろに僧衣の女、
薬袋を下げた女が続く。

最後に入った男を見て、
須田は、無意識に足元を見た。

(……今の、音がなかった)

四人は奥の卓につき、
異国の酒を注文する。

須田は杯を持ったまま、
さりげなく近づいた。

「相席、いいですか」

「どうぞ」

戦士の男が、陽気に笑った。

須田は腰を下ろし、
世間話から入る。

「船待ちですか」

「そうだ」
戦士の男が杯を持ち上げた。
「その前に、日ノ本で西方人の要人を護衛する仕事がある」
「それが終わったら、東方へ向かう」

「長い旅ですね」

「仕事続きさ」
「だが、腕の立つ連中と組める」

須田は軽くうなずいた。

「旅人です」
「仕事を受けて、各地を巡っています」

それだけ言うと、
四人は特に詮索しなかった。

異国では、
それで十分な自己紹介なのだろう。

話題は自然と、
東方の冒険の噂へ移っていく。

「山が多いと聞いた」
「森も深いらしい」
「道に迷いやすいとか」

「夜は獣も出る」
僧衣の女が言った。
「油断はできないわね」

須田は、知っている範囲で応じた。

「山は多いです」
「道があっても、踏み分け道のようなものがほとんどで」
「歩き慣れていないと、移動だけで消耗します」

そのときだった。

須田は、弓を背負った男の動きに、
再び違和感を覚えた。

椅子を引く。
杯を取る。
体重を移す。

どれも、音が残らない。

「……失礼ですが」

須田は、静かに切り出した。

「歩き方が、少し違いますね」

弓の男が視線を上げた。

一瞬の沈黙。
それから、口元だけで笑う。

「よく見ているな」

戦士の男が言った。

「西方の狩人だ」
「足音を消す歩きが身についている」

「フォックスウォーク」
弓の男が、そう付け足した。

「狐の歩き、ですか」

「そう呼ばれている」
「獲物に気づかれないための歩きだ」
「森や山では、生死を分ける」

須田の胸の奥で、
木のまわりを歩いた感覚と、
船上で円を踏んだ感覚が、静かにつながった。

「……教えてもらえますか」

四人が、須田を見る。

弓の男は首を振った。

「酒場じゃ無理だ」
「山でなければ意味がない」

須田は、すぐに言葉を継いだ。

「護衛の仕事、手伝えます」
「道案内もできます」
「日ノ本の山なら、多少は慣れています」

僧衣の女が、ゆっくりとうなずいた。

「確かに」
「この国の人が一人いるだけで、移動は安心ね」

戦士の男は少し考え、
杯を置いた。

「不慣れな土地だ」
「日ノ本の人間がいれば、心強い」

弓の男は須田を見て、言った。

「護衛のサポートをする」
「その代わり、歩きを教える」
「それでいいか」

須田は、静かに杯を上げた。

「お願いします」

杯が触れ合う音が、
酒場のざわめきに溶けていく。

出島の夜は、まだ深い。

狐の歩きは、
ここから、須田の旅に加わることになった。