須田は、あの山に戻ってきていた。
水の道場での体験、竹林で感じた気配の揺らぎ、
そして風の道場で触れた「気」の圧。
それらすべてが、ひとつの答えへと向かっている気がしていた。
風の道場の稽古では、気を感じ、コントロールすることは出来なかった。
鈍感なのか。。。
館長はただ一言、「山で立て」と。
また、意味不明な。。。
心身一如。
身体と心。
これは始まりにすぎない。
人と自然。
この二つをつなぐのも、また気である。
もっと大きな観点でアプローチしろ――
館長はそんな感じの事をいっていた。
そして、山に来て幾日が過ぎただろうか。
山で気配を消して歩く事も同時にした。
鹿に触れたら凄いよね。
必ずやる事は山頂にある大きな岩の上に立つこと。
ただ立つのは時間が長く感じる。
風が吹くたびにバランスを取り、下に見える木々の揺れが気になったり。
鳥が飛ぶのが気になったり。
それでも続けている。
その夜は満月だった。
雲ひとつない空に、静かな光が山を照らしている。
須田は目を閉じ、呼吸を整えた。
水の道場で学んだ「静けさ」を思い出す。
徐々に意識が内側へ沈んでいく。
風が吹いた。
目を開けた瞬間、視界が広がった。
山の闇が消え、世界が白く澄んだ光に満たされる。
気づくと須田は、境界の里にある池の中央に立っていた。
水面は鏡のように平らで、
自分と月が静かに映っている。
その前に、三寸坊が立っていた。
「……うむ」

ただ一言。
しかしその声は、須田の胸の奥に深く響いた。
(余計なことを考えてしまった……)
次の瞬間――
バシャンッ!
水面が割れ、須田の身体は池へ沈んだ。
気付くと、須田は山頂の岩から落ち、地面に倒れていた。
月は変わらず静かに輝いている。
須田は、少しだけわかった気がした。
説明はできない。
(……水鏡は、心そのものだ)
水の静けさ。
風の圧。
そして三寸坊の存在。
すべてが「気」を理解するための道筋だった。
……結局、何をどうすればいいんだ?
気とか水鏡とか、全部大事なのは分かる。
分かるんだけど――
「いや、分からん……」
思わず独り言が漏れた。
さっきの落下の衝撃が、まだ体の奥に残っていた。
水鏡も、気も、気配も、
ただ触れただけで終わってしまった。
それでも、暗がりの中でふっと何かが揺れた。
水の道場で見た静まり返る水面。
竹林で逃げた小さな影。
てんぐ堂の囲炉裏の火。
平三の十手が放った気の爆発音。
半三の、どこか遠くを見るような目。
三寸坊の、落ち着きのない羽音。
それらが一本の線になっていく。
——まだ何もできない。
けれど、確かに“何か”が始まっている。
――須田夢物語 水鏡の章 完。
