第五話 気の行方

水の道場での一連の体験――
池の静まりと、ネズミの逃げ足。

すぐに身につくものではない。
わかるまで、根気よく修練するしかない。

須田は水の道場をあとにし、山道を歩いていた。

気配を消す。
気配とは何だろう。

考えながら歩くうちに、あたりはすっかり暗くなっていた。
来た道のはずなのに、景色がどこか噛み合わない。

(……道を外れたか)

引き返そうとしても、どちらから来たのかはっきりしない。
風が木々の間を低く抜けていく。

そのとき――
闇の中に、小さな山小屋の影が浮かび上がった。

近づいてみると、古びてはいるが、まだ使えそうだった。
須田は静かに戸を開け、中へ入る。

今夜はここに泊まろう。

土間の奥には囲炉裏があり、
端には乾いた薪が積まれている。

「……少しだけ、借ります」

小さくつぶやき、火打ち石を打つ。
火花が散り、やがて細い煙が立ちのぼる。

しばらくして、囲炉裏の火が静かに燃え始めた。

炎を見つめているうちに、須田の意識はゆっくりほどけていく。
火の匂いが、どこか澄んで感じられた。

気配を消す。
気を知る。

考えは形にならないまま、
火の揺れに溶けていく。

そのまま須田は、囲炉裏のそばでウトウトと眠りに落ちた。

——パチッ。

薪の弾ける音で、須田ははっと目を覚ました。

囲炉裏の火は、まだ燃えている。

だが、空気が違った。

さっきまであったはずの土壁はなく、
柱と梁に囲まれた、見覚えのある空間が広がっている。

須田はゆっくりと顔を上げた。

ここは――
境界の里のあの建物か。
確か、「てんぐ堂」と看板に書いてあったはずだ。

胸の奥が、静かに波打つ。

須田は立ち上がり、そっと窓の外をのぞいた。

池のほとり。
月明かりの下で、小さな影が動いている。

すずめ天狗。

その手には、十手。

十手――
武士や町方が使った捕物具。
相手の刃を受け、絡め、制し、
殺さずに動きを止めるための武器。

だが、目の前のすずめ天狗の十手は、
ただの道具ではなかった。

ひゅっ、と風を切る音とともに、十手が振られる。
流れるような動き。
止まり、また流れる。

受け、流し、絡め、断つ。
十手の本質が、そのまま形になっていた。

無駄がない。
須田は息を詰めて見つめた。

三寸坊ではない。
そして、黒い影でもない。