第七話 まさかの不発

須田は、外にかすかな気配を感じ、そっと戸を開けた。
湿った空気が流れ込み、草の匂いが鼻をかすめる。

少し離れたところに、一頭の鹿が立っていた。
逃げる様子もなく、ただじっとこちらをうかがっている。

須田はふと、さっき見た“爆発の気合”を思い出した。

気配を消すとは真逆だ。
気合や殺気がわかれば、気配を消すことも理解できるのではないか。

――声を出すぐらい、もしかしたら自分にもできるのでは。

ネズミは簡単に逃げ去った。
鹿だって……。

「エイッーーーーー!」

気合を放ったつもりだった。
だが鹿は一歩も動かず、
「キャッ!」と短く鋭い警戒声を返してきた。

「エイッーーーーー!」
「キャッ!」

「マジ……ダメダメだ……」

逆に気合を返されたような感覚が胸に刺さり、須田は肩を落とした。

そのとき――
視界の端で、木の上に“笑う影”が揺れた。

水の道場で見た、あの影だ。

木漏れ日に揺れる肩布の端は、三寸坊の修験姿でもなく、
平三の捕物姿でもない。
もっと端正で、もっと静かで、もっと鋭い。

枝の上に潜む影は、体に沿った黒い装束をまとい、まさに忍びそのもの。
枝の間から須田を見下ろし、目だけがかすかに光っている。

須田は息を詰めた。
体が硬直し、声も出ない。

――ここは夢の世界ではなく、現実。

次の瞬間、影はふわりと枝を蹴り、空へ舞い上がった。
風に乗る黒い影はあっという間に視界から消え、
鹿も驚いて森の奥へと駆け去った。

須田はしばらくその場に立ち尽くした。