神道無念流(しんどうむねんりゅう)
神道無念流は、日本の剣術流派の一つです。
宝暦年間(1751年 – 1764年)頃、福井兵右衛門嘉平によって創始されたと伝えられています。
福井嘉平は下野国都賀郡藤葉村(現在の栃木県下都賀郡壬生町)出身。
野中権内より新神陰一円流を学んだ後、廻国修業に出ました。
その修行の途上、信州の飯綱山(戸隠山とする文献もあり)にて飯綱権現へ祈願。
その最中に現れた老人から、七日間にわたり剣法の妙要を授かったとされています。
下山後、その教えをもとに
立居合十二剣
を編み出し、神道無念流を開いたと伝えられています。
幕末期と江戸三大道場
幕末になると、神道無念流は江戸において大きな勢力を持つ流派となりました。
1826年(文政9年)、初代・斎藤弥九郎が九段坂下の俎橋付近に
練兵館
を開設します。
この練兵館は、当時名高かった三つの道場の一つに数えられ、
「江戸三大道場」と呼ばれました。
三大道場は道場主の名から次のように評されています。
- 位は桃井
- 技は千葉
- 力は斎藤
この言葉からも分かる通り、神道無念流は
「力の剣」
として知られていました。
飯綱三郎
飯綱三郎は、飯綱山に住む天狗で四十八天狗の一尊とされます。
飯綱系の天狗(飯縄権現・秋葉山三尺坊)は、烏天狗の姿をした小天狗といわれます。
一般に小天狗は、大天狗である鼻高天狗より位が低いとされますが、
四十八天狗は鼻高天狗と同等の存在と伝えられています。
