正木流萬力鎖術(まさきりゅう まんりきくさりじゅつ)
正木流萬力鎖術は、正木利充により宝暦年間(1750年代)に創始された武術です。
鎖の両端に短冊状の分銅を付けた、全長二尺三寸ほどの「萬力鎖」を使用します。
技法は
打ち・絡み・投げ
といった動きを含み、状況制圧を目的とした体系で構成されています。
別名として
鎖術・玉鎖術・鎖十手術・両分銅術・分銅鎖術
などの呼び名も伝わっています。
萬力鎖術誕生の由来(二つの説)
萬力鎖術の発祥については、主に二つの説が伝えられています。
■ 大垣藩江戸城警備説(『撃剣叢談』)
大垣藩が江戸城大手門の警備を命じられたことに端を発するとされる説です。
利充は、警備中に突発的な乱心者が現れた場合の対処に苦慮しました。
その結果、
刀で門前を血で汚すことなく制圧できる術
として萬力鎖術を考案したと伝えられています。
ここには
「斬る」のではなく「止める」
という思想が見て取れます。
■ 秋葉権現霊夢説(『武功論』)
もう一つは大垣に伝わる伝承です。
利充が六十余歳の頃、
秋葉権現の霊夢を受け
その啓示によって萬力鎖術を案出したとされています。
武術が単なる戦闘技術ではなく、
信仰や精神修養と結びついていた時代背景を感じさせる話です。
萬力鎖という武具の特徴
萬力鎖は一見単純な武具ですが、扱いには高度な間合い感覚が求められます。
- 鎖の軌道
- 分銅の重み
- 相手との距離
- 自身の体勢と呼吸
これらが噛み合ってはじめて、有効に機能します。
力任せではなく、
間・呼吸・気配
といった要素が働きに大きく影響する点が、この術の奥深さといえるでしょう。
秋葉山三尺坊
秋葉山に住む天狗で、四十八天狗の一尊とされます。
飯綱系の天狗で、烏天狗の姿をした小天狗といわれます。
一般に小天狗は鼻高天狗より位が低いとされますが、
四十八天狗は鼻高天狗と同等の存在と伝えられています。
秋葉寺の伝承によれば、三尺坊は信州戸隠生まれの修験者でした。
四歳で越前蔵王権現堂に修行に出て、二十六歳で大阿闍梨となります。
その後、不動三昧の秘法を修し迦楼羅の姿へ変化。
白狐に乗って諸国を巡り、大同四年(809年)に秋葉山へ降り立ったと伝えられています。
